2025年12月19日 先生の経歴
こんにちは.研究室での飲み会が終わり,うちの教授との話し合いで自分の参考にもなる興味深い話を聴けたので,忘れないうちにメモを取るような気分で記述していこうと思います.以下がうちの教授の経歴になります.
-
学部時代
実家がお金がなかったため国立大学には進学したが,不真面目であったので特にこれといった成績を収めることができなかった.
-
修士学生時代
M1の時は学部時代の成績が悪かったため,奨学金(1種)を受け取ることができなかった.しかし,M1の時に勉強を頑張って修士修了に必要な単位をすべてS, Aランクで取りきる.そのためM2の時は優先順位1位で1種奨学金を受け取ることができ,1種を受け取ることができた時点で博士進学が可能になる.しかし,博士進学が可能になった時点で企業から内定が出ていたため,いろんな人に相談しても「知らねえよ」「人によるからね...」と相手にされなかった.しかし当時通っていたショットバーのお姉さんに「博士になったらまだうちに来れるじゃん」と言われて進学を決める(先生的に酒の勢いで決めたと言っていた).先生としては決めたこと自体はお酒の勢いだったが,本心では進学したいと考えていたのだなと言っていました.
-
博士学生時代
実験が上手くいかず大した結果を残せなかったのだが,まじめにやってはいたので担当教員(学部時代から教授のことを気に入っていた)が流石に責任を感じたのか,何とかしてくれて学位を取得させてくれた.その時は就活もしていなかったので,ポスドクのキャリアを用意してくれて,光反応の研究プロジェクトを任される.
-
ポスドク時代
光反応のプロジェクトを任せるも,やったことがなかったので「無茶苦茶言うな...」と思いながら勉強をして研究を進めた.
その後は国のプロジェクトに関わり,任期付きで別のS大学(助教)で研究することになる.しかし5年きっかりで退職することになり,その際に決まっていた別大学でのポストがいろいろあってぽしゃる(そんなことは普通なく,めっちゃ謝られたらしいがどうしようもなかった).無職になるかと思いきや,登録していたサイトから募集がかかり,NK大学で毎年更新の特任研究員で研究することになる.
NK大学での研究で天然物を扱った研究をする傍ら,登録サイトでアプローチをいろいろなところでかけていたところ,T大学でのポストを手にする.
T大学での研究(最初は生物無機関連だった?)をしているうちにアメリカで研究する機会を得て,そこから生物有機の研究をすることになる.実験プレートを扱った実験を見学することで実験方法を学習し,その他さまざまな勉強をすることでアッセイ方法を習得.自分で特注の実験プレートを設計したりして自分で工夫して研究するようになる.アメリカから帰国する直前でそのプロジェクト内で革命(DBUとMeOHを用いた)を起こし,日本でもそのプロジェクトを扱った研究をすることができるようになる.そこからアッセイを活用した研究に興味を持ち始めて今に至る.
このような感じで波乱万丈な経歴を持っている教授であることと,自分が「博士進学後に就職するか,アカデミアに行くか悩んでいます」と相談したら「研究しながら考えていけばいい」との言葉をもらったことから,自分も今は実直に研究だけ頑張っていこうと思いました.という意思表明をしたところで今日は終わりにします.ではまた明日.